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2008-11-19 12:58 | カテゴリ:保育園のこと
新聞に記事が掲載されて数日、T保育園では電話がつながりにくい状態になった。
私も予想していなかったほどの反響で。



バザーの告知が掲載され、バザー品の提供をよびかける文も載せていただいたおかげで、提供や寄付を希望する人からの電話が鳴り響いていました。
父母の世帯数が少ないため、訪問して回収できる件数は限られていますが、ほとんどの方達はT保育園まで品物を自分で運んできてくれました。
中には遠方からたくさんの送料をかけて何箱も送ってくれたり・・・。
バザー品の提供総数は100件を軽く超えています。

あまのじゃくでどんなに感動する映画を見ても泣くのを我慢する私ですが、そのことを聞いた時、うっかり先生の前で涙がこぼれそうになりました。
(もちろん、ぎりぎり人前で泣かずになんとか陰で一人涙を抑えましたけど!)

中には保育園の様子を見学に来てくれる人たちもいました。

バザー品を仕分けて値札をつける作業を保育園前でやっている最中も何人もの人が車でバザー品提供に来てくれました。
そのたびに準備の手を止め、父母全員でお礼をしました。

小さな小さな一歩だったのに、こんなにもたくさんの人たちが応えてくれたことがうれしくてたまりません。
私も数件回収にうかがったのですが、応援の言葉をかけられたり、休日に息子をつれて回収に行ったときには「あらあら!僕も来てたの!?ちょっとまってね。」とアレルギーを配慮して果物をたくさん持たせてくれた方もいました。
ちょうどバザー準備の日だったので、すぐに保育園へ持って行き、子供たちがおいしく食べることができました。
ご近所に声をかけあってバザー品を集めてくれた方もいました。

年に3回ほどバザーを開くのでいままでもそのたびに新聞の譲ってくださいコーナーに小さく提供募集をのせてもらうのですが、今回ほどすごかったことはありません。
その反響はバザー品提供の数だけではなく、バザーの来場者数にも、そしてもうすぐ開かれるチャリティークリスマスパーティーにも広がっています。
お手紙をいただいたりもしました。


実はこれだけ市民の善意が集まっても、市からいくらかの補助金が出ていても、運営はすごく苦しいどころの騒ぎではなく、危機せまっています。先生達の給料もすずめの涙程度なのに;;
それはやっぱり認可外で入園児が少ないから・・・。
(そんな状態でも食材には徹底して気を使い、手を抜くことなくやってもらっているのはやはりありがたい)
でも、そんな色々のことを忘れてしまうくらいうれしい出来事でした。


これだけの反響があったんだからこの街でアレルギーについても、もっと行動を起こせるかもしれない。
そう期待しています。



こんなにもたくさんの人たちに支えられて育っている息子。
知ってか知らずか彼の趣味の中に「リングプル集め」と「自分のおこづかいからの募金」があります。
私が教えたわけでもなく、募金箱をさして「これは何?」と聞くので、教えたらその日からどこでも募金箱をみつけると募金します。
必死にお手伝いしてたまーにもらえる1円玉や10円玉なのに。
募金するお金は1円玉ひとつだったりもするのだけれど(そして大半は息子が持ち合わせていなくて私に募金するお金を請求するのだけど・・・)今息子にできる精一杯のお返しなのかもしれません。


我が家も今は保育料を支払うだけで精一杯です。T保育園存続のために息子が在園しているのだから本当はもっとお金の面でもがんばりたいのですが、正直無理です。
お金かかりやすいアレッ子生活・・・つらいよね。(私がやり方ヘタなだけなのか!?)
だからたくさんの人から力をもらっています。
直接その人たちにお返しすることはできないけれど、いつか別の形で(募金やらボランティアやら、なんらかの活動で)お返ししたいと思っています。


息子の趣味になっているので、自然と私のクセにもなったのか、今はレジ前などで募金箱を見ると、大抵は1円や10円ですが、募金するようにしています。
卒園児の中に、ボランティアサークルに入ったりする子がいたり、バザーをお手伝いすることが自然になっている子が多いのは、自分がたくさんの人の想いで育てられてきたのを知ってるからなのかなぁと思っています。

アレルギーがきっかけで感じることのできた幸せのひとつでした。
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2008-11-18 12:58 | カテゴリ:保育園のこと
記者さんと会ってから数週間はチャリティービアパーティーの準備で追われていました。
世帯数も少ないのに、なんと寿の多いことか!!
8割が出産前後なため人手が足りず、チャリティービアパーティー当日は400人超の人たちをもてなすため、ボランティアの方々と必死に会場準備し、開場となりました。
記者さんも見に来てくれるし、まずは挨拶をがんばらなければと思ったのに、トラブル続出で挨拶内容を忘れ・・・。(本来なら少しアレルギー子育てについて語り、保育園の必要性を言おうと思ったのに!)
お礼と若干のアレルギー生活についての言葉しか言えませんでした。

舞台を降りて歩いていると、記者さんが声をかけてくれました。
「こんなにたくさんの来場者があるのですね!」と驚いていて、一緒に会場を回りながら案内をし、協賛企業等の紹介もしました。

私が記者さんとお話をしたのはこのときまでですが、記者さんはその後数回T保育園に来てくれたそうです。(園に来た時に息子をみて、「この子がオビママさんのお子さんですね!?似てますねー」と一目でわかったらしい^^;)
結果、地元記事が掲載されるページに大きく次に開催されるバザーの告知を載せてくれました。
大きな写真と保育園の内容も交えて。
この記事の反響はものすごかったです。

本当はこんなに簡単に記事にしてもらえてすごいことなのかもしれない。
でも、私はもう一歩すすんで、次はアレルギーについてもっと取り上げてほしいなぁと思っています。
図々しくまた記者さんに連絡とるつもりです。
私の動く一歩は本当に小さなものだけれど、何かのきっかけになったらうれしいから。


T保育園はアレルギー児専門の保育園ではありません。
ただ子供たちをみんな同じように保育したかった、先生も先生の家族もアレルギー体質でアレルギーについて詳しかった、それだけです。
保育内容も誇れる物がたくさんあり、アレルギー対応はほんのおまけです。
記者さんもそれを理解して、あえてアレルギーを強く打ち出さず、アレルギー食対応をしているというような内容で書いてくれました。


こんなことを書いていると、ものすごく子育てにがんばっていて、活動的に思われそうですが・・・
私は子育てが得意なわけでも、以前から子供好きだったわけでもありません。
それどころか子供は苦手でした・・・。
活動的なわけでもありません。サークル等すら入ったことはなく、ボランティア好きでもなく、ずっと仕事と遊びに力を入れていました。
立派な育児をしているわけでもなく、一時期は周囲の色々からいじけたようになり、ウツになっていたことも。
でもたくさんのきっかけをもらって回復できました。
T保育園は園児数よりもはるかに多いボランティアさんに支えられています。
もうすぐ成人しそうな卒園児とその両親もいまだに助けてくれる。
これってすごいことですよね。
色々なブログでもたくさんの力をもらったし、アレッ子親としてこれは私も何かしなくては!
そう思って動いています。
たまたま私は職業として印刷物デザイナーで雑誌を作ったり、販促の企画からたずさわることもあった。
一応はそれが一番得意なので、アレルギーに対して何かできないかと考え中。
とはいっても、忙しいアレッ子生活。少しずつしかできないけれど。
T保育園の広報係とこちらの地域のアレルギー育児広報係として勝手にがんばろうと思っています♪


新聞記事の反響については次回詳しく・・・
2008-11-17 12:40 | カテゴリ:保育園のこと
ちょうど数週間後に開催されるT保育園のチャリティービアパーティー実行委員長になっていた私は、何のつながりもなく一枚の名刺を握り締めて新聞社の記者さん宛に電話をしました。
もしかしたら移動になってこの記者さんはいないかもしれない。
いなかったら違う記者さんにでもいいからとにかく話を聞いてもらおう。

結構ドキドキしながらダイヤルを回したのですが、受付につながり、記者さんの名前を告げるとあっさり「おりますのでお待ち下さい。」と言われました。
出てくれた記者さんは女性でした。
以前、T保育園を取材してもらったことがあることを言うと、「かなり前ですね。ちょっと記憶がうろ覚えですもの・・」とおっしゃっていましたが、続けて話を聞いてくれました。

案外、スンナリ電話がつながったことに拍子抜けしたけれど、とにかく取材してもらわねばー!と、なにかの機械のようにT保育園の状況、息子のアレルギーのこと、アレルギーのある子育てのこと、そして周囲の無理解で大変なこともあること、役所の対応などを話しました。
最初はT保育園のことがなんとか新聞に載ればと思ってたのに、いつのまにかアレルギーのことについても取材して欲しいと言ってしまいました・・・。
熱心に話しを聞いてくれた記者さんは、「取材させていただきたいです。その前にゆっくりお話をお聞きしたいのです。一度お会いできませんか?」と言ってくれました。


うれしい気持ちで心の中で小躍りしながら会う日を決めて記者さんの電話を切り、すぐにT保育園へ電話しました。
「先生!取材してくれるよ!やってみるものだよね。一緒に話を聞いてもらいに行きましょう。」
先生も喜んでくれました。


記者さんと新聞社で話しをする日まで、暇を見てはアレルギー対応のことについて調べました。
話すからにはきちんとした裏づけをもっていかねば。
他市でのアレルギー対応も知ってもらいたい。
T保育園の資料も持ち、当日は緊張しつつ園長先生と一緒に新聞社にむかいました。
記者さんのいる部屋に通され、まずは名刺をあらためていただき、その後は私の機関銃トークが・・・。
ブログの過去記事に書いたような内容はほぼ話したかも。
記者さんは時折質問をしながら途中で話を中断することなく聞いてくれました。
T保育園の歴史や経験については園長先生に話してもらいました。

「とにかく経営危機にあるT保育園を存続させたい。
アレルギー対応のこれからのお手本としても残さなければいけないと思う。
私が印刷物を作ったり、父母や職員でポスターを貼ってアピールしても、限界があるのでマスコミの力が是非必要!!
T保育園はアレルギー対応以外にもすばらしいことがたくさんある。」

そんなことを訴えましたが、後はもう突っ走ってしまい

「アレルギー育児の実態も取材してくれないだろうか?(できれば何回か連載で・・・)
 食育と騒がれているのにアレルギーのことはまったく周知されていない。
 みんなのたった少しの理解があれば、アレルギー育児は随分楽になる。
 それに、この市は子育てに関する情報が伝わりにくい状態にある。」

などということを訴え、

「たくさんのアレルギー育児をしてきたお母さん達がブログを書いているが、大変参考になるし、支えになっている。孤独になりがちだけど、そういう存在が力になっている。
レシピを考案して公開している人もいる。無料で公開しているし、レシピ研究にはお金もかかっていることだろう。実体験を詳細に記録してくれている人や、日常の生活をかいてくれている人もいる。
そういう人たちから知識や勇気をもらうから、悩んでも進んで行ける。
もっとたくさんの人たちがそういう存在を知れば、みんな子育てがもっと楽しくなるかもしれない。」

ということも話しました。


とにかく思いつく限りを話したけど、思い返すと伝え忘れたこともたくさん・・・。
ちょうど、知人の子供が母親からネグレクトを受けて栄養失調で入院したこともあり、なおさら熱くなっていました。


2時間ぐらいも話つづけ、息子の生活なども質問されたりして、最後はもう一度T保育園のことをアピールしてチャリティーパーティーの招待券を渡して帰りました。
のちに園長先生は「あの日、オビママさんは機関銃でした・・・。いつも機関銃だけどそれよりもすごかった。」と語っていました^^;

2008-11-14 12:46 | カテゴリ:保育園のこと
現在入所しているT保育園は本当に小さな貧乏認可外保育園。
私がこの保育園を知ったのは、色々な人におすすめされたからだけれど、その人たちが知ったきっかけは新聞の記事だった。
「ポスターを見て知ったのよ」なんて人はいなかった。

それもそのはず。印刷物にお金かける余裕ナシで、ポスターはかろうじて、園のイラスト等得意な先生が手書きでつくっていました。
なので、枚数は少なく、ほんとうに園の周辺だけ。

息子入園当時、今ほどアレルギーに対して色々な思いがあるわけではなく、自分と息子のアレルギー対策で一杯になっていましたが、そんなT保育園の様子を見て、日々息子がお世話になっている恩返しとして、出産前まで印刷物デザイン+企画を職業としていたこともあり、広報活動をお手伝いしようと思っていました。

バザーやチャリティーパーティーのポスターは入所後から私の担当になったのですが、園児募集の広報ポスターやパンフレットが出来上がったのは入所してから3年が経過した後でした・・・。
何も保育園側から難しい要求があったわけでもなく。
本当に自由にやってくれてよいといわれていたのに、いざ取り掛かると納得のいくものができず。


会社勤務していたときは、様々な会社の企画や印刷物デザインもやっていたし、それは住んでる地域に限らず様々な地域の仕事もしたし、大きな会社の仕事もした。
納期が決まっていて、ウンウンうなりながらもなんとかこなしてきたのに、小さなT保育園のポスターとパンフレットはなかなかできませんでした。
それは、ただ単に仕事として製作する時間がきっちり取れるわけではなく、合間の時間で作っていたからというのもあったかもしれませんが、それだけではなく、「アレルギー」と「子育て」についての理解がまだまだできていなかったからだと思います。
のちに私の「小さなお友達」となった子供たちとのふれあいや、息子とのアレルギー生活の中での様々な事件、保育所との交流、たくさんのアレルギー子育てママ達のブログとの出会いがあったからこそ、3年かかってやっと作ることができました。
(だからといってたいそうなものができたわけではないけれど・・・)


私の中でのT保育園での広報活動をするにあたって、最大に気をつけていたのは「手作り感」でした。
デザイナーや印刷会社に依頼したようなキレイなデザインはできるかもしれないけれど、それはT保育園の活動内容を表現するには違うように感じました。
バザーのポスターなどは地域性や親しみ感も考えなければならないから、ただキレイに作れば良いわけではなく、まして依頼されるのは納期前日なども多かったので、大変・・・。


3年もあたため、ようやくできたポスターとパンフレットを手に園児募集活動を父母と職員全員で行いましたが、結果は今のところあまりよくありません。
反応はあるのですが、いまいち結果につながらず。
挫折感を感じました。プロとしてやっていたのに、職から離れて数年たったからだろうかとも思いました。
保育料がネックになっているのは一番大きいと思う。
じゃぁどうしたらいいんだろ・・・。


自分と息子のことで一杯になっていた私が、アレルギー生活を数年経験し、T保育園に通い、広報活動に力をいれているうちに、あまりにも現在住んでいる地域でのアレルギーに対する理解や、子育て支援がととのっていないことに気づきました。
このままでは息子が小学校にあがるころ、どうなるんだろう。
こうやって長年アレルギー支援をがんばっているT保育園を存続させなくては。
保育園選びで困った経験は自分が一番わかっているのだから、なんとかしたい。
あまりにも子育てに関する情報が少なすぎる。
なにより少しでもたくさんの人にアレルギーのことをちゃんと知って欲しい!
市からのT保育園への補助金も、増額を求めていましたが不採択となりました。
役所に他市では行なわれているのに、こちらでは行なわれていないアレルギー児への支援について問い合わせると、「正直、国からやれと言われればできます。でも、財政難で独自での支援を打ち立てるのは大きい市でないと無理なのです。お母さん達が困っているのはわかっているのです。」といわれました。
園にはアレルギー子育てで悩んでいるお母さん達から相談が寄せられます。
それも相談できるのは、なんらかの方法でようやくT保育園の存在を知った人。
アレルゲン完全除去では引き受けてくれる保育園もみつけれず、普通の保育園では保育士さんのアレルギーに対する知識に不安があって働きたくても働けないという人がいるということも聞きました。
困っているのは自分だけじゃないのだからもっと周りを見なくては。
もっと私にできることはないんだろうか。


色々な思いを抱えてドロドロ悩んでいた中、もう自分がバタバタしているだけでは無理だと思いました。
マスメディアの力を借りなければ。

そこで以前T保育園を取材してくれた記者の名刺を先生から借り、新聞社に電話をしました。




2008-10-20 17:07 | カテゴリ:保育園のこと
T保育園は運営費を捻出するための事業活動が大変多い。

そのたびに先生一名が保育園内の一室で保育室を設けて、祖父母などに預けることのできない人は保育室をお願いするのですが、近年は園児数が少ないので、ちょっとした事業活動で父母の参加が少ない場合、保育室を設ける余裕がなくなります。
先日はその状態でした。
保育室を設けれないけれど、急遽小さなバザーをすることに。
預かってもらったことはないけれど、いつも遊びに行って息子も慣れているし、食事のこともわかる叔母に預かってもらおうと思ったら、用事があったらしく無理に。

私は、自分で他の子を預かることはあっても、息子を保育園以外には預けたりしたことがありませんでした。
やっぱりアレルギーがあるとちょっとしたことでも気を使わせるし、息子がきちんと自分で薬のことがわかり、大人に状態を説明できるまでにならないと、なにかあったときに迷惑をかけることにも・・・。


預け先が確保できない場合はバザー欠席でもよかったのだけれど、私はバザーだけじゃなく冬にあるチャリティパーティのポスターなどのデザインを作るために打ち合わせもしなくてはならず、どうしてもといわれて困っていました。
最悪は息子をつれてきても良いと言われていたので、そうしようと思っていたら、困っていた様子を知った同じ保育園で息子と同じようにアレルギーを持つ子のお母さんが、「うちでよかったらあずかりますよー。2人で遊んでてくれるでしょうし、半日だしきっとだいじょうぶ!お互いに協力してがんばりましょう!!」とメールをくれました。
彼女は数ヶ月前に2人目を産んだばかりで大変・・・。
うちの息子はうるさいし迷惑かけないだろうか。
そう思ったけれど、遠慮ばかりしててもこれから息子だっていろんなことがあるだろうし、可能なら周囲の手も借りてみようと思い、お願いしました。


結果、お友達のお母さんは非常に大変だったと思いますが、預けてすごくよかったと思えました!


前日に「おやつに果物が○○と○○あります。それと手作りでマフィンも作りますが、材料は○○と○○と・・・。だいじょうぶでしょうか?」と前もって教えてくれて、お互いにアレルゲンを再確認。
私も朝は早く起きてクッキーとパンを焼いてもたせようと思ったのに、パン大失敗。
(塩の分量間違えてひどい塩味になった・・・)
クッキーのみをもたせることにしました。
朝早くから快く受け入れてくれたのに、息子は遠慮なく失礼発言を!!
それでも笑いながら「家事しながらだし、二人で遊んでてもらうだけですー。ほぼ放置かも。」と私が気兼ねしないように送り出してくれました。
預かってくれた一家からはお父さんがバザーを手伝いにきていて、しょっちゅう私が「今頃うるさくて大変かなぁ」と言っていたら、「そうかもね。アハハ」と笑い飛ばしてくれてそれもまた心が楽でした。

お互いアレルギーを持つ子の家庭だからこそ、できたことなのかなぁとも思ったりもしましたが、どうなんだろう。
アレルギーの大変さを知っているからこそ、息子に接することも難しく思われる可能性もあるのに、困っている様子を見て、自ら預かると申し出てくれてそれだけでもうれしくてしょうがない。
さらには私が気兼ねしないように配慮までしてくれた。
もちろん、食べ物はそこらに置いていないし、子供達の食べられる物だけをきちんとおやつとして量も決めて与えてくれる。
赤ちゃんのお世話があるから2人で遊んでいたずらしないようにとちゃんと息子にも諭してくれる。
すごくすごくうれしかったです。


なんとなく、普段の生活では一人で格闘して必死になってる面があった私。
助け合いましょうといってくれる人がいるということと、それに頼れたことで、心の中で何かが楽になりました。


お迎えに行った時には、私の分も焼いていてくれたマフィンとお茶をいただき、少しおしゃべり。
そして、たーくさんのお土産まで!
「うちも遊びにいきますー!」と言ってくれて、私はお返しにと、少し彼女にゆっくりしてもらうため、子供達2人を連れて外遊びに行きました。

自宅に帰ってから、いただいた手作りのお土産を食べてなんだかわからないけれど、うれしくてしょうがなかった。


「一緒にがんばりましょう。」
そういってくれる人達が、たくさんいてくれてよかった。
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